大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和48年(ネ)72号 判決 1974年12月02日

控訴人

岩井正剛

右法定代理人親権者父

岩井長光

同母

岩井マサ子

外二名

右控訴人三名訴訟代理人

馬奈木昭雄

岩城邦治

被控訴人

久留米市

右代表者市長

近見敏之

右訴訟代理人

小出吉次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人等は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人岩井正剛に対し金二、二五二万円、控訴人岩井長光、同岩井マサ子に対し各金一〇〇万円、及びそれぞれ右各金員に対する昭和四五年五月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、<訂正略>次のとおり当審における主張、立証を付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人等代理人等は、「一、本件事故は、御井小学校における正規の体育授業の機会に発生し、その際指導されていた球技も野球用ボールとバットを使用するものであつたが、仮にそれがソフトボールであるとしても、文部省の学習指導要領では、当時ソフトボールは小学六年生になつて始めて登場し、三年生の場合、ボールを手で打つ、所謂ハンドベースボールといわれるものに過ぎなかつた。しかして、学校が本件のような学習指導要領以外の授業を行なう場合、一教諭の自由な判断に委ねるべきではなく、学校長以下しかるべき機関の討議により、その必要性、安全性を検討し、具体的実施方法を決定する等、特に慎重な配慮が要求されるのである。二、従つて、御井小学校長大石誠としては、(1)、まず、本件の如き学習指導要領外の授業に対する学校としての体制を予め設けておかねばならず、(2)、また、本件球技指導の必要性を認めたならば、その安全な実施方法につき十分検討を加え、場合により複数の教諭による監視ができる計画を立案、実行すべく、(3)、その実施時間についても、他の生徒が近づかない時間を選ぶと共に、他の教諭を通じて、その間運動場に近づかないよう全校生徒に周知させ、(4)、球技に使用する道具も、学校に適切なものがなければ、購入のうえ、当該学年の生徒に最もふさわしいものを揃えるべきであり、(5)、更に、以上とは別に、日常生活の登下校時における通路を設定し、登下校のため運動場を通らないよう指導しておく、注意義務があつた。しかるに、本件の場合、右のようなことが何一つとして配慮されず、その結果、訴外岩橋孜教諭が個人的判断で本件球技を指導し、事故を惹起したのであるから、大石校長には右(1)ないし(5)の注意義務を怠つた過失がある。三、岩橋教諭については、原審において主張した過失のほか、(1)、本件球技が前記学習指導要領外であり、小学三年生に無理が予想されたにも拘らず、その実施を自己の個人的判断で決定し、その結果右二、(1)ないし(4)のような安全措置を講ずる機会を逸した点、(2)、事故当時、他学級の三年生が下校中であり、一方、同小学校の運動場は当時から極めて手狭であつて、球技中の生徒と下校中の生徒が常に接触する状況にあつたから、このような場合、開始時間を他の生徒の帰宅後にするとか、場所を他の安全な処に移す等の措置が必要であつたのに、この時間と場所の設定につき考慮を払わなかつた点、(3)、仮に、右状況下で本件球技の指導が許されるとしても、本件の場合、普通以上道具類の管理に気を配り、万一にも外部の生徒が道具類を使用したりすることのないよう注意しなければならず、外部の生徒と球技中の生徒の交錯を防ぐ適当な措置を怠つた点、(4)、更に、本件事故当時、ボールを拾う控訴人正剛を見守つた以上、同人と自分との間のほぼ直線上にいた訴外甲野太郎(仮名)が既にバットを手にしていた姿を当然認めた筈であるが、仮にこの甲野太郎に注意せず、甲野太郎をみることさえしなかつたというのであれば、そのこと自体重大な落度であり、右各点でそれぞれ過失がある。四、(予備的主張)以上公務員である大石校長、岩橋、橋本両教諭の過失に基づく被控訴人の責任が認められないとき、控訴人等は、予備的に、同人等監督義務代行者の責任に基づく被控訴人の賠償義務を主張する。即ち、本件事故は、御井小学校三年三組の生徒で、未だ責任無能力者であつた甲野太郎が控訴人正剛に傷害を与えた場合であるところ、大石校長、岩橋、橋本両教諭は、いずれも右甲野太郎の親権者に代わり同人を監督すべき地位にあつたから、民法第七一四条第二項、第一項に基づく責任があり、ひいて、校長、教諭等の使用者である被控訴人は、同法第七一五条により、そのため控訴人等が被つた損害を賠償すべき義務がある。」旨述べ、<証拠略>

被控訴代理人は、「一、右控訴人等主張一のうち、小学校三年生の場合、学習指導要領にソフトボールが規定されていないことは認めるが、その余を争う。本件事故当時、岩橋教諭は、課外指導として正規の授業時間外に、ソフトボールの基礎練習を行なわせていたものであり、その内容も競技をさせていたのではなく、バットの握り方、打ち方等基礎的なことを教えていたに過ぎない。そして、学習指導要領にない事項はすべて授業し得ないというわけではなく、生徒が日常遊んでいる競技で、体力等に応じ過重にならないものは、当該教諭が教育的判断のもとにこれを指導して差支えないと解すべく、その場合、あえて学校全体の討議・決定等を経なければならないものではない。二、同二、(1)ないし(5)は全部争う。御井小学校においても、例えばマラソン、リレー、水泳等生徒の体力に多少の無理・危険を伴う虞れがある運動につては、保健体育部の教諭で十分検討、立案のうえ、職員会の議を経て決定実施しており、本件の場合そのような必要がないソフトボールの基礎練習に過ぎなかつた。また、後記のように、その時間の設定も適当であつたし、使用した道具も、生徒が現実に使用していたものを点検し、使用させてみることに意義があつたのであり、更に、同小学校では、運動場内の登下校時の通路はこれを指定し、全生徒に指導徹底している。三、同三、(1)ないし(4)も全部争う。同(1)については、右一、二において述べたとおりである。同(2)につき、本件球技指導は、時間的には、三年生以下の低学年が授業を終え、遅くとも午後一時半頃までに帰宅して仕舞つたのち、四年生以上の高学年が午後二時一〇分以降授業に入つた頃を見計らい、また、場所的にも、運動場の形、校舎の位置、生徒の帰宅状況等よりみて、この際最も適切な処で行なわれいた。同(3)につき、岩橋教諭は、本件バットを生徒が踏んだり、振り廻したりしないよう、特にバックネットの裏に立てかけさせておいたものであり、その管理方法に誤りはない。同(4)についても、岩橋教諭が甲野太郎の姿をみた筈であるとする控訴人等の主張は独断であつて、仮に、甲野太郎が控訴人正剛と教諭との間の直線上にいたとしても、バックネット越しに甲野太郎の六、七メートル先方の同控訴人を注視していた同教諭が同時に甲野太郎をみたとは断定できない。四、本件事故は、岩橋教諭の本件課外指導のありかたとは直接関係がない。即ち、本件ソフトボールの指導をうけていた生徒が、練習の過程で事故を起したのであれば、右指導のあり方が検討されるべきであろうけれど、本件事故は、バックネット裏に立てかけてあつた使用しないバットを、練習に参加していない担当外の生徒が振つたことにより発生したものであるから、右指導のあり方とは直接関係がないのである。五、同四の予備的主張中、公立小学校の校長、教諭が直ちに民法第七一四条第二項の監督義務代行者に当るか否か疑問であり、仮に当るとしても、大石校長、岩橋、橋本両教諭が加害者甲野太郎に対し、一般的に日常監督を怠らず、本件事故についても義務懈怠がなかつたこと既に述べたとおりであるから、同人等は同条第一項但書により責任を免れるものである。また、民法第七一五条が適用されるためには、被用者たる直接加害者に不法行為の要件があることが必要であり、本件の場合、甲野太郎は責任無能力者であつたから右要件を具備せず、大石校長、岩橋、橋本両教諭にも注意義務違反の行為がなかつたので、被控訴人に同条による責任はない。仮にそうでないとしても、被控訴人は、同校長、教諭等の選任監督に過失がなかつたから、同条但書により責任を負わない。」<証拠略>と述べた。

理由

昭和四五年五月二二日午後二時過ぎ頃、久留米市立御井小学校校庭において、当時控訴人正剛の属していた同校三年二組の生徒が、担任の岩橋教諭の指導のもとに、ソフトボール類似の球技練習をしていた際、他学級三年三組の生徒訴外甲野太郎の振つたバットが同控訴人に当り、同控訴人が左眼を負傷したことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、右球技指導が正規の体育授業として行なわれていたこと、控訴人正剛も他の生徒と同様それに加えられていたこと甲野太郎の振つたバットが同控訴人の眼鏡だけでなく、左眼部に直接当つたこと、同控訴人の傷害の程度等を争うので、まずこれ等の点につき判断するに、<証拠略>を総合すると、控訴人正剛は、かねて強度の近視があり、本件事故前の昭和四五年一月頃、左眼の矯正視力0.7、右眼のそれは0.09で、眼鏡を着用していたこと、本件事故当時、岩橋教諭は、課外指導として生徒にソフトボールの基礎を教えようと考え、生徒等に手持ちのボール、バット、グローブ等を持参するよう指示したうえ、当日放課後、担任の三年二組の生徒全員を残し、午後五時限目の授業時間頃より、同校校庭北東隅に男子生徒を集めて、右指導を始めたこと、その際、ホームベース後方に移動式バックネットを配置し、生徒等が持参したバット二本と軟式野球用ボール三個のうち、短い方のバット一本と比較的軟かいボール二個を使用して、バットの握り方、打ち方等を教えながら、所謂フリーバッテイグの形式で一人ずつ打撃練習を行なわせていたこと、本件事故は、当初投手の後方にいて球を拾つていた控訴人正剛が、自分の打順が近づいたため三塁側の方へ出て待機中、外野から返球されたボールがバックネットの西後方に転がつたため、走つて拾いに行き、折り返しバックネットの裏付近まで帰つてきたとき、偶々同所で見物していた他学級三年三組の生徒甲野太郎が、バックネット裏に立てかけてあつた前記使用しないバットを手にし、一回振つたのが、同控訴人の左眼部付近に当り、眼鏡を破損すると共に、同控訴人に左眼打撲の傷害を与えたものであること、右事故発生のとき、岩橋教諭は、バックネットの一塁側端から一塁の方へ七、八メートル寄つたあたりで監督・指導していたが、控訴人正剛が球拾いに走つたのをみて、その方向に遊動橋があつたことから、一時気遣つたものの、無事拾つて帰る姿勢になつた時点で、視線を練習中の他の生徒の方に戻したため、事故そのものは同教諭の視線外で発生したこと、同控訴人は、事故後直ちに応急手当をうけ、引き続き行きつけの眼科医院で治療中、同年六月三日頃左眼角膜剥離の徴候を発見され、その後久留米大学医学部付属病院に入院し、前後二回手術をうけたが、結局、左眼の視力を失い、現在右眼も矯正視力0.01で、ほとんど全盲の状態になつたこと、以上の各事実を認めることができ、<排斥証拠略>

右事実によれば、岩橋教諭の行なつた本件球技の指導は、御井小学校として正規に予定された授業でないとはいえ、いはばその延長として、正規の授業と同一の性格をもつものと認めるのが相当であり、このような場合、小学校の校長、教諭が校内における生徒の安全に責任を負い、具体的状況に応じて、生徒の安全確保のため諸種の注意義務を負担することはいうまでもないが、反面、校長、教諭といえども、およそ想定し得るすべての危険に対し完全に生徒を保護することは不可能であるから、生徒が学校の監督下にある状態で生命自体を害されたからといつて、結果責任と同様な意味で当然に校長、教諭の責任を問い得るわけではない。

そこで、以下控訴人等主張の過失につき順次検討するに、控訴人等は、本件球技が文部省の小学校学習指導要領に規定されていなかつたことから、それを岩橋教諭が単独で行なつた点に大石校長並びに同教論の過失がある旨主張するところ、学習指導要領の小学三年生に未だソフトボール競技が規定されていなかつたことは当事者間に争いがなく、学習指導要領も、最少限学校教育に対する指導、助言の効力を有するものではあるが、それに規定のない事項が常に控訴人主張の如き全学校段階による取扱いを求められるわけではなく、例えば、その授業内容が対象生徒の学年、智能、体力の程度等に照らし合せ、特に無理、危険のないものであれば、当該教諭の教育的判断により単独で決定、実施し得ると解するのが相当であり、右控訴人等主張の如き慎重な取扱いの要否も、右のような観点からこれを決すべく、その場合学習指導要領の規定は一つの判断資料に止どまると解せられる。

もつとも、本件の場合、前記各証拠によると、岩橋教諭は、かねて担当の生徒等から学校外で遊んでいるソフトボールの指導をして貰いたい旨申出をうけていたことから、正規の授業外にその指導を行なおうとしたに過ぎず、通常のソフトボール競技を体育の授業として正式に取り入れたわけではないが、小学三年生の学習指導要領にバットを使用するソフトボール競技が未だ取り入れられていないことを考慮にいれれば、仮令課外指導とはいえ、学校における授業としてバットを使用する球技を指導したことの妥当性については、やや疑問の余地があるといわざるを得ない。

しかし、本件課外指導は、前記のとおり極く基礎的な動作を教えたに止どまつていて、生徒の成長度に応じた指導をする限り、特に無理や危険があると予想できないばかりでなく、現実に発生した本件事故も、偶々他学級生徒の所為により不幸な結果を招いたものであり、授業をうけていた生徒がその過程で引き起したのではないから、本件課外指導を岩橋教諭が単独で決定、実施したことと右事故との間に所謂相当因果関係があるとはいえず、またその際学校備付の道具を使用しなかつたことについても、右課外指導の性質上あえて過失はないというべく、結局、以上の点に関する控訴人等の前記一、二、(1)、(2)、(4)及び三、(1)の各主張はいずれも採用することができない。

控訴人等は、前記主張二、(3)及び三、(2)のとおり、岩橋教諭が本件課外指導を行なつた時間と場所の設定に過失があつた旨主張するところ、<証拠略>を併せ考えると、御井小学校では、午後零時三〇分に午前中第四時限目の授業を終え、引き続き午後一時まで給食、その後午後二時までの間に昼休みと清掃があつて、午後二時一〇分から第五時限目の授業時間になつていること、本件課外指導は、三年生以下の低学年が右四時限で放課になり、給食と清掃後、遅くとも午後二時頃までにほとんど帰宅してしまう曜日を選び、四年生以上の高学年が午後の授業に入る第五時限目の頃から始められており、実際にも当時、前記甲野太郎を除き、周囲に下校中の生徒が居合せた形跡はなく、控訴人等主張のように、下校中の他の生徒と交錯する状況には必ずしもなかつたことが認められる。

従つて、本件課外指導に時間的誤りはないといわざるを得ず、また、場所的にみても、本件の場合、学校の運動場を選び、その利用方法として北東隅にバックネットを設けたことは、運動場の形や校舎の位置、及び同小学校において、右バックネット付近を経て西側にある裏門を利用する生徒が少なく、大多数が運動場の東側を通つて南側にある正門を利用していること等に鑑み、むしろ適切であつたということができ、そうすると、前記控訴人等主張の二、(5)については、本件事故との関連性に疑問を生ずることになるが、この点についても、<証拠略>によれば、同小学校では登下校時に運動場を通らないよう通路を指示、指導していたことが認められるので、いずれにせよ、右各控訴人等の主張はすべて採用することができない。

しかして、控訴人等の前記三、(3)、(4)の主張、並びに球技に使用しなかつた本件バットの管理方法、直接行為者である甲野太郎やボール拾いに走つた控訴人正剛に対する注意の面で岩橋教諭に過失があつたとする主張、及び右甲野太郎の担任であつた橋本教諭についての過失の主張に対する当裁判所の判断は、以上説明した部分に含まれるもののほか、当審における証拠調の結果を考慮にいれても、その説示を左右し得ないことを付加したうえ、原判決の理由記載と同一であるから、ここにその当該部分、原判決一〇枚目裏九行目以降一二枚目表五行目までを引用する。

次に、控訴人等の当審における予備的主張につき判断するに、公立小学校の校長、教諭が学校における生徒の教育活動について保護監督の責任を負い、その範囲で親権者に代わり生徒を監督すべき監督義務代行者に当ることは控訴人等主張のとおりと解せられる。しかし、本件事故は、橋本教諭の担任する三年三組の生徒甲野太郎が、同教論の授業を終えた放課後、下校途中の校庭において惹起したものであり、校庭を出るまで教諭等監督義務代行者の責任が及ぶとしても、一応正規の教育活動外での出来事といわざるを得ない。そして、事故そのものににつき、右甲野太郎の担任である橋本教諭、被害者である控訴人正剛を担任の岩橋教諭、並びに大石校長等に過失を認め難いこと、前に説明したとおりであるうえ、右引用した原判決説示のとおり、橋本教諭において、当日担任の生徒を下校させる際、ソフトボールの練習に近寄らず速やかに帰宅するよう、指示していることが認められることや、本件事故に至るまでの右甲野太郎の行動、事故の態様等を併せ考えれば、本件については、橋本、岩橋両教諭及びその上にあつて全般的責任を負う大石校長等に右同人に対する監督義務の懈怠はないと認めるのが相当であり、右義務懈怠を前提とする控訴人の主張はこの点で理由がなく、採用することができない。

以上により、控訴人等の本訴請求は、右御井小学校の校長、教諭等の過失、及び監督義務懈怠の点で、結局失当として排斥を免れず、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(亀川清 美山和義 田中貞和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例